"All We Shall Know"(ドナル・ライアン)

半年以上前に購入しながらもなかなか読めず、最新作 "From a Low and Quiet Sea" がブッカー賞候補になったのをきっかけに最近ようやく読み始めたら、いやあものすごく良かったんです:

All We Shall Know (English Edition)

All We Shall Know (English Edition)

 

女教師が教え子と恋仲になって子を宿し…って、 出だしの筋書きだけだと最近のドラマみたいですが、実は教え子は作中ほとんど出てきません。これにはちょっと驚いたけど、恋愛小説が苦手の私としては、むしろありがたい展開でした。

 

主人公のMelodyは弱くて悲しい女性です。幼少時に母親に死なれ、そのせいもあって自分を溺愛する父親をかえって疎ましく思い、大学卒業後も目指す道が見えず、学生時代からの恋人と結婚したものの何度も流産を繰り返した末に、ダンナは商売女と浮気して…といった過去が、読んでいくうちに少しずつわかってきます。Melody自身も学生時代に自分の身勝手が原因で親友を自殺に追いやってしまうなど、読者が簡単には感情移入できない女性として描かれています。

 

やるせない日々の暇つぶしのような感覚で Melodyが始めた家庭教師の最初の教え子が、アイリッシュ・トラベラーの Martin。一般的な教育を受ける機会がなかったMartin にアルファベットから教えはじめたわけですが、世間とは隔絶された世界で育った純朴な青年に彼女はいつしか…。

 

アイリッシュ・トラベラー」についてはアイルランド独自のジプシー(ロマ)みたいな集団、というくらいの認識(大雑把な印象は、アイルランドじゃないけど映画「スナッチ」のブラピ)で、読了後にネットで資料を探してみても日本語でちゃんと説明されているのはWikipediaとあと何本かの記事くらい。この辺は今後もう少し理解を深めたいところではあります。

 (映画ではトラベラーでなく「パイキー」として紹介されています)

 

妊娠がわかったとき Martin はすでに他の地に移動しており(トラベラーだからね)、Melodyはその場に残った彼の親族のうち Mary という少女と次第に交流を深めていきます。この二人がゆっくりと(本当にゆっくりと)友情を築いていく過程が読み応えたっぷりでとても素晴らしかった。

 

Mary もトラベラー独自の風習により、まともな教育は受けられず、10代半ばで結婚し、その後子どもができないのが「恥」として送り戻されて軟禁状態という、若くしてつらい人生を送っており、Melody とは裏表の関係のような存在です。立場は違えども女性ならではの苦しみを抱えているという共通点から、二人は次第に互いの人生に関わりを持つようになっていきます。

その中でMelody は親友の死に対する自責の念に、正面から向き合うだけの強さを手に入れていくのです。

 

イヤなところや狡い部分も含めて、よくこれだけ巧みに女性心理を描くなあ…と恐れ入ったのですが、作者自身は登場人物が「女性だから」書くのが難しいってことは無いと巻末収録のインタビューで語っていて、やっぱり作家ってスゴイと思いました。それくらい私には彼女たちが現代を生きるリアルな女性として感じられました。

 

最新作はこちら。早く読まねば:

From a Low and Quiet Sea: A Novel (English Edition)

From a Low and Quiet Sea: A Novel (English Edition)

 

 デビュー作『軋む心 (The Spinning Heart)』は翻訳あり:

軋む心 (エクス・リブリス)

軋む心 (エクス・リブリス)

 

 デビュー当時から非常に評判が高く、その後も着実に新作を発表しており、すでに若手の中では頭一つ抜けている感がありましたが、今回初めて英語で読んでみて、その流れるような文章と、話の展開のうまさに思わず舌を巻きました。平易なのになぜか胸に響いて、ずっと読み続けていたくなる心地よさ。これからも要注目です。