「Miss Emily」(Nuala O'Connor)

以前読んで感心した「The Closet of Savage Mementos」の著者、Nuala Ní Chonchúirが、米国デビューのため分かりやすい筆名に変えて新作を発表。しかも題材が米国の代表的詩人エミリー・ディキンソン、と聞いて早速購入:


Miss Emily

Miss Emily

Miss Emily

Miss Emily


エミリー・ディキンソンについては詩もさることながらその生涯もなかなかミステリアスで、Wikipediaの紹介文でも「隠遁者」だ「性愛の冒険者」(!)だと様々な憶測と論争が繰り広げられている様子。しかしこの小説でのエミリーは確かに滅多に遠出はせず、また親友のスーザンに対してやや依存傾向があるけれども、決してエキセントリックではなく、自然とお菓子作りが好きな心優しい女性として描かれています。


著者自身も詩人であることから、エミリーの詩作に関する考察部分もなかなか興味深いものがあります。

Writing a poem is not like writing a letter; the address is my soul --- myself.

Words lie in me like water in the riddle's well. They tempt me, nothing else.

彼女の詩の特徴であるダッシュの多用については、例えばこんな風に:

Each dash I create is a weight, a pause, a question. I select them with care. The exclamation point is jevenile while the dash is much more promising --- a mature mark. Each dash interrupts, emphasises, connects and pushes apart the words around it.


ところで、この小説にはもう一人ヒロインがいます。それがディキンソン家のメイドに雇われたアイルランド娘のエイダ。彼女自身は多分著者の創作でしょうが、1845年の飢饉以降アメリカに渡ったアイルランド人が多いこと、特にディキンソン家のあるマサチューセッツ州はボストンを中心に(プロテスタント優勢とはいえ)アイルランド人コミュニティが発達していたことから考えて、地元の名家であるディキンソン家にアイルランド人が雇われるという設定は違和感なく受け入れられます。


このエイダちゃんがとにかく可愛い!地元ダブリンではお転婆すぎてこりゃあ外に働きに出したほうが良いかもよとアメリカに送られてきたわけですが、若くて利発で働き者で話好きでもう絵に描いたような素敵なメイドさんぶりなのです。エイダのお菓子作りの腕前とおしゃべり好きの人柄にエミリーは引きこまれ、エイダも形式ばったディキンソン家の他の人達とは違って人の本質を見抜くエミリーに心を許すようになり、二人は徐々に「主人とメイド」を超えた友情を育んでいきます。


しかしほんわかと進行していた前半から一転、後半からエイダは思わぬ試練に巻き込まれ苦難の道を歩むことになってしまいます。本人には何の罪もないのに、ディキンソン家から「やっぱりアイルランド娘なんて所詮は…」と糾弾されるエイダ。一人エミリーだけはエイダを信じ、必死に擁護するのですが…。


もう後半はエイダがかわいそうすぎて読んでてつらかったです。正直エミリーどうでもいいと思ってしまった(笑)。実際、後半は別にエミリーが「詩人エミリー・ディキンソン」である必然性はあんまりなかったような。それでもエイダのために一時でも自分の殻を破ったエミリーは素敵で、これまでのとっつきにくい印象が軽減されました。


そしてすべてが終わり、エミリーは詩作の日々に戻っていきます。

For myself, I mean never to go outside again. Out in the world there is tragedy; it is safer for me to write about catastrophe, rather than live it.

ここからが彼女の詩人としての本格的な出発、なのかもしれません。



わたしは誰でもない―エミリ・ディキンソン詩集

わたしは誰でもない―エミリ・ディキンソン詩集

ディキンソンの詩って私には読みにくい…でもせっかくなので少し読み込んでみるつもり。



私好みの「史実ベースもの」「アイルランドもの」加えて「メイドもの」ということで、読んでいてとっても楽しかったです。日本でのディキンソンの知名度は微妙かもしれませんが、日本人は元来「メイドもの」好きだから、これも充分ウケると思うのでぜひ日本語版を出してほしいものです。
(ついでに言うと、いま私の頭の中では「安楽椅子探偵エミリー・ディキンソン」の妄想が広がっております…エミリーは一歩も外に出ないで事件を推理し、エイダたち召使が証拠集めに奔走するのだ!いやそんな話じゃないですよ全然。)


おだまり、ローズ: 子爵夫人付きメイドの回想

おだまり、ローズ: 子爵夫人付きメイドの回想

最近出色だった「メイドもの」書籍といえばこれ。そういえばここの奥様も元々はアメリカ人でしたね。まあこちらは世界中を飛び回ってましたが。