「Dublinesque」(エンリーケ・ビラ=マタス)

題名と著者名で即買い。なんたってアイルランド好きですから!


Dublinesque (New Directions Paperbook)

Dublinesque (New Directions Paperbook)

スペイン語からの英訳》


著者はこちらの作品で既に日本でもおなじみ:


バートルビーと仲間たち

バートルビーと仲間たち

ポータブル文学小史

ポータブル文学小史


私は『バートルビー…』を読みましたが、書けない作家をテーマとしたエッセイのような不思議な小説は、面白いけど読み手にもかなりの知識を要求されるので、正直に言うと後半アタマが焼き切れました(汗)。
今作もブッキッシュというかペダンチックというか、次々挙げられる作家名が半分分かったかどうか…という情けなさ(というかその作家が実在か著者の創作かもよく分かってない)で、その意味で相変わらずハードルは高いですが、それだけに分かる部分にはニヤニヤ(…ってなんだかイヤミな読者だなあ)。


主人公は60歳前の男性・Riba。バルセロナで出版業(もちろんバリバリの文学系)を営んでいたが、長年の深酒がたたり体を壊したこともあって出版社をたたむことにした。しばらくは馴染みの作家の新作出版パーティーや文学系の会議などに招待されていたが、それもそろそろ声がかからなくなり今は情緒不安定、もっぱらPCの前でグーグル検索ばかりしている「ひきこもり」(本当にhikikomoriなる単語が頻出する)状態が続いている。

主人公の不安定な精神状態は、主人公がある日観たクローネンバーグの映画「スパイダー」を通して描写される:


スパイダー 少年は蜘蛛にキスをする [DVD]

スパイダー 少年は蜘蛛にキスをする [DVD]


↑私は未見ですが、紹介文を読むと精神を病んだ主人公の視点から見た夢とも現実とも分からない世界、という感じ?この映画に自分を重ね合わせるあたり、Ribaの精神状態もかなり危険なようです。


そんな折、以前見たある夢をきっかけに、ダブリンへ行くことが次第に彼の中でオブセッションとなっていく。
それまでの出版者としての彼の憧れはまずはパリ、そして英語圏ならNY(アイドルはポール・オースター)といった感じで、ロンドンですら敬遠していた彼だが、もちろんジョイスベケット、オブライエンといったアイルランドの作家たちに敬意を払っていないわけではなかった。
しかし自分が新しく一歩を踏み出すために("English leap"というのが彼の中で重要なキーワードとなる…表紙の画像もそのイメージ?)、そして足を洗った出版業、紙の本が衰退していくこの時代を"Funeral for the Gutenberg age"として弔うために、わざわざ『ユリシーズ』で一躍有名になったBloomsday(6月16日)を選んでダブリンに赴くことを決めたのだった。


普段から幽霊めいたものを見ていた主人公だが、ダブリンに着いてからは不可思議な出来事がより頻繁に起こっている気がしはじめる。ジョイスの「死者たち」のように、この街は生者にも死者にも分け隔てがないのか。彼の見た夢はいつか正夢となるのか…?


題名の"Dublinesque"はフィリップ・ラーキンの同名の詩から採られています。この詩と『ユリシーズ』の葬式のイメージが重ね合わさって、Ribaの思い描く"Funeral for the Gutenberg age"の地としてダブリンが選ばれるのです。


終盤はベケット風の不条理な味わいが加わってどんどん不思議な展開になってきて、前半の息苦しさからちょっと救われたような終わり方でした。決め台詞は "Always someone turns up you never dreamt of.(いつだって思いもよらぬ人物があなたの前に現われる)"。『ユリシーズ』からの一節らしいです。くー、かっこいい。


主人公が断酒中というのも物語の一つのポイントで、作中で作家と飲酒の分かちがたい関係が語られたりもします。この辺は昔読んだ『詩神は渇く』を思い出しました。2年前の彼の病態はかなり深刻で、再び飲みだしたら今度こそ命にかかわるかもという状況なのに、パブだらけのダブリンで果たして彼は耐えられるのか?個人的にかなりハラハラしました:


【バーゲンブック】 詩神は渇く-アルコールとアメリカ文学

【バーゲンブック】 詩神は渇く-アルコールとアメリカ文学


主人公が初めて見るIrish Seaに感銘を受ける場面があるのですが、私もダブリン郊外の海岸沿いが大好きで、景色を見るためだけにDARTで何度も往復したりしたこともありました(決して乗り鉄ではありませぬ)。多分主人公が見たのはこんな風景:


And the Irish Sea - over which he now imagines a great mass of gray clouds with silver floating - seems to him the most superb incarnation of beauty, the highest expression of that which disappeared from his life for so long and which now - it's never too late - he has found all at once, as if he were in the middle of a great storm, feeling like a man who senses his life is going downhill, yet is faced with the unmistakable beauty of a gray sea edged with silver, and which he'll never forget as long as his memory serves him.


地中海系の明るくて開放的な海とは全く異なる灰色の荒れた海、でもこっちの方が自分にはしっくりくる…という感覚を共有できた気がして嬉しくなってしまいました。



もう少し旅行ガイド風に。ああまた行きたくなってしまった…。