「The Glory of Life」(Michael Kumpfmueller)

ドイツ語からの翻訳(原題:Die Herrlichkeit des Lebens)。アイルランド作家の小説がしばらく続いたので気分転換にドイツものを、と思ったんですが、先に読んだ"The Poets' Wives"と近い内容を選んじゃったなあ(まあこういうの好きなんで):


The Glory of Life

The Glory of Life


病身のフランツ・カフカが、最後の恋人ドーラと過ごした約一年の物語。Wikipediaで相当するのは↓の辺り:

1923年7月、妹のエリ一家とともにバルト沿岸のミューリツに滞在、ここで最後の恋人となるドーラ・ディアマントと出会う。ドーラはポーランドのハシディズム信者の家庭に生まれた当時21歳の女性で、このときミューリツのユダヤ民族ホームに勤めていた。その後親しい手紙のやり取りがあり、9月末にベルリンで再会、敗戦によるインフレーションで混乱の最中にあったベルリンで共同生活を始めた。しかし生活が困窮する中で病状が急激に悪化し、翌年3月、叔父ジークフリートから説得を受け、ドーラとマックス・ブロートに付き添われながらプラハの実家に戻った。
1924年4月、ウィーン大学付属病院に入院、4月末からウィーン郊外のキーアリングにあるサナトリウムに移る。病床のカフカにはドーラとともに、晩年に親しくなった医学生の青年ローベルト・クロップシュトックが付き添い、マックス・ブロートが見舞いに訪れた。咽頭結核にかかっていたカフカは会話を禁じられ、彼らとは筆談で会話を行っている。1924年6月3日、同地で死去。41歳の誕生日の一ヶ月前であった。遺体はプラハに送られ、この地のユダヤ人墓地に埋葬された。(Wikipediaフランツ・カフカ」より)


上記の記述でも分かるように、結構しんどい晩年でありました。冒頭から既にカフカの病状はかなり深刻だし、病気のせいもあるけど結構優柔不断だし(そのくせ他の女性にも優しかったりするし、)インフレでどんどん生活は苦しくなるし、家族の理解(特にドーラ側の)は得られないし、それでも一緒にいられれば幸せ!とカフカを看護するドーラちゃん、けなげだ…(涙)。


正直カフカの男性としての魅力って私には今回よく分からなかったのですが、ドーラ以前にも深い仲の女性が複数いたことは有名だし、きっと実際会って話したらギューッと惹きこまれてしまう人だったのでしょうね。
直接関係ないけど、色々検索しているうちに発見した「まとめ」にゲラゲラ笑いつつ頷いてしまったのでご紹介↓


「#カフカの逸話まとめると繊細なイケメンオーラが凄い 」(togetter)
なるほどカフカ、確かにめんどくさい男だ!


カフカに関しては様々な文献が出ているので、気が向いたら内容を比較してみてもいいかも:

カフカ最後の手紙

カフカ最後の手紙

Kafka's Last Love: The Mystery Of Dora Diamant

Kafka's Last Love: The Mystery Of Dora Diamant