「ネザーランド」(ジョセフ・オニール)


図書館にて借出し:


ネザーランド

ネザーランド


9.11以降これまでの価値観に迷いが生じ、妻との関係もうまくいかなくなった証券アナリスト
新たな「出会い」をきっかけに自分の過去を振り返り、そこから新しい人生を踏み出そうと決める…
なんてまとめてしまうと「極めてパターン化されたポスト9.11小説」のようですが、著者が描き出す
ニューヨークはこれまでになく新鮮で、かつ語りの上手さについ引き込まれてしまいました。


例えば主人公はオランダ人なのですが、目標を失った状態の中で始めるのがなんとクリケット
クリケットといえば英国および英連邦国御用達球技と思っていたのですが、実際にオランダは
英連邦国以外では例外的にクリケットが(それなりに、なのでしょうが)盛んなのだということ。
これには意表を衝かれました。主人公も子供のころクリケット・チームに入っていて、その時の
記憶が妻に去られ途方に暮れていた時に蘇ってきて…という仕掛け。


しかしニューヨークでクリケット。これもまた予想外。
案の定、地元チームではオランダ人は彼一人で、あとは大抵英連邦系の移民達。それでもこれまでの
仕事仲間達とは違う淡い人間関係に、主人公は一種の安らぎを覚えていきます。そんな中で彼は
トリニタード出身のチャックという男と奇妙な縁を結ぶことになります。


このチャックが傍目には胡散臭くて、でもなんとも気になる人物として主人公を、そして物語を
引っ張っていきます。実業家気取りで、でも実際は精々マフィアの使い走り程度なんだろうなと思わせる
行動。彼の事業の一つ「ユダヤ人向けの寿司ケータリング」、よく知られているようにユダヤ人は宗教上
食べ物に関して様々な制約があるわけですが、それらの制約を全てクリアした食物だけを使った寿司を
供する…という説明には思わず笑ってしまいました。確かにニューヨークでなら有りそう!でも胡散臭ーい。


そんなチャックなので、クリケットも勿論儲かるビジネスとして確立させたい(ここニューヨークで!)、でもそれとは
別に、純粋にクリケットを通じて皆が一つになれば…という大それた望みもあって、そのためにも立派なクリケット
競技場を実現させようと奮闘します。おおそれはまるで「フィールド・オブ・ドリームズ」!、なんてアメリカ的な夢!
しかもそれをクリケットで、と来たらもう目が離せません。


題名の「ネザーランド」が主人公の故郷オランダ(The Netherlands)とニューヨーク(昔はこの一帯はNew Netherlandと
呼ばれていた)の両方を指し示すように、主人公の意識も過去と現在を絶えず行き交いながら迷いながら、とにかく先へ
進んでいこうとします。はたしてその先にあるものは…?


非常に充実した読書でした。
クリケットの競技知識が無くても全く問題なく楽しめますので、その点はご心配なく。(その代わり読み終わってもルールは
さっぱり分からないままですが…)