「祖国と母国とフットボール」(慎武宏)


図書館にて借出し:



私がサッカーに興味を持つようになったのは単に相方がセリエAのファンだったからなので、日本のサッカー事情は
Jリーグ発足時もさっぱり分からず、加えてしばらく日本を離れる事になって、戻ってきたらもう何が何だか…という
有様で、現在在日コリアのプレーヤーが日本・韓国・北朝鮮で活躍していることは、この本を読むまで全く
知りませんでした。


興味を持ったのは、先日のW杯で北朝鮮ポルトガルに大敗して「この人たち国から制裁とか受けないかな…」と
ぼんやり心配したことが始まりで、普段情報遮断されている北朝鮮国民ならともかく、日本で北朝鮮の不穏な状況を
日々聞かされている在日プレーヤーの心境を知りたいと思ったのでした。


読んで初めて知ったのは、60−70年代の朝鮮高校−朝鮮大学校−在日朝鮮蹴球団が、当時の日本のサッカーのレベル
では全く歯が立たないケタ外れの強さを誇っていたこと。その特殊な成り立ちから日本の表舞台には出てこられなく
とも脈々とその伝統が引き継がれていったということ。当時同じ社会主義国だった東欧サッカーを研究する機会が
あった北朝鮮がいち早くヨーロッパのスタイルを取り入れることが出来たという事実。この頃はあえて日本社会で
サッカー選手として認められる必然性はなかったともいえます。


しかし80年代から日本にもサッカー教育が浸透し、そしてJリーグ発足。日本でプロとして活躍できるという選択肢が
出来た事で、「在日枠」という有効なようで実は不便な制度に苦しめられながらも多くのプレーヤーがJリーガーとして
活躍する事になります。
そして活躍すれば当然視野に入ってくるのが国の代表選手。しかしそれは北朝鮮?韓国?それとも日本で?改めて
己のアイデンティティが問われる立場に立たされます。しかもお互いの他国に対する国民感情は友好とは言い難い…。


そんな中で素直にサッカーへの愛を語るプレーヤーの言葉は、熱くてひたすらにまっすぐで心を動かされました。
何よりもまず、サッカー人として生きる。その中で朝鮮とも韓国とも日本とも違う「在日」という存在を、胸を張って
次の世代に伝えられたら…。
背負うものはあまりにも重いけれど、サッカーという支えがあればきっと大丈夫。そんな頼もしさに日本のサッカー界も
応えていってほしいと願いたくなる一冊でした。今日から違った目でJリーグを見ることになりそうです。