「通訳ダニエル・シュタイン」(リュドミラ・ウリツカヤ)


図書館にて借出し:


通訳ダニエル・シュタイン(上) (新潮クレスト・ブックス)

通訳ダニエル・シュタイン(上) (新潮クレスト・ブックス)


通訳ダニエル・シュタイン(下) (新潮クレスト・ブックス)

通訳ダニエル・シュタイン(下) (新潮クレスト・ブックス)

「必要なのは論争じゃなくて、理解なんだ」20世紀の過酷な戦場に刻まれた奇跡の足跡。


ポーランドユダヤ人一家に生まれ、奇跡的にホロコーストを逃れてゲシュタポでナチの通訳をしながら
ユダヤ人脱走計画を成功させた男は、戦後カトリック神父になりエルサレムへと渡った。
――ナチズムの東欧からパレスチナ問題のイスラエルへ。心から人を愛し、共存の理想を胸に戦い続けた、
魂の通訳ダニエル・シュタインの波乱の生涯。(出版社紹介文より)


東欧・ドイツ・ロシアにおけるユダヤ人問題に関しては、作品中でも言及されていましたが、それこそ関係する
一人一人の生涯が大長編小説に匹敵するほど複雑かつ波乱に満ちたものになってしまいます。この作品では
数多くの登場人物の証言や手記、更に公式記録や記事などを巧みに組み合わせることで、主人公ダニエルだけに
とどまらず周囲の人物の背後にも語りつくせない物語があることを示します。読み始めたら、その大きなうねりに
身を任せる以外に術がありません。宗教や歴史のしがらみなどは一読して理解できるものではありませんが、まずは
語る人たちの息遣いを感じ取りたい、そんな風に引き込まれて夢中で読んでしまいました。力作にして傑作だと思います。




主人公のモデルとなった実在人物、ダニエル・オズワルド・ルフェイセンに関する言及を調べていたら、
次のようなエッセイが見つかりました:


『揺れる「ユダヤ人」の定義と「同化ユダヤ人」の増加問題』
http://hexagon.inri.client.jp/floorA1F/a1f1304.html


この複雑さが第三者、特に日本人には分かりづらい…しかし小説中のダニエルは決してガチガチの宗教者ではなく、
非常に懐の深く温かい人物として描かれています。ユダヤ人でありながら後にカトリックに改宗するわけですが、
むしろキリスト教成立当初の原初的というか根源的な動機に導かれているという印象を受けました。
(この辺の話は迂闊に語るとボロが出るので、これからこっそりじっくり考えることにします…。)