「立ったまま埋めてくれ −ジプシーの旅と暮らし」(イザベル・フォンセーカ)


ドイツで「Zoli」を読んだときから、必ず読もうと思っていた本。
こういうマイナーな本が簡単に図書館で借出せるのだから、やっぱり東京って有難い:


立ったまま埋めてくれ―ジプシーの旅と暮らし

立ったまま埋めてくれ―ジプシーの旅と暮らし


●「Zoli」感想:http://d.hatena.ne.jp/shippopo/20070413

「(…) せめて立ったままで俺を埋めてくれ。これまでずっとひざまずいて生きてきたのだから」(p.403)


冒頭で主人公のモデルとなったパプーシャ(Papusza)のエピソードが語られることからも、
本書が「Zoli」に与えた影響が大きかったことが容易に想像できる。


前半は1990年前半、社会主義国家が崩壊し混迷を極める東欧諸国とそこで暮らすロマ族(ジプシー)の家族のことが、
実際に彼らと一緒に生活した著者の具体的な体験から語られる。
ただでさえ混乱した社会の中で、もともと異端であり弱者であったロマ族はますますマジョリティからはじき出されていく。
しかし彼らは簡単に自分達の習慣を捨てはしない。


読み進めていくと同じ圏内で暮らしていても、ロマ族の習慣は欧州とは全く異なる文化のうちに
培われてきたものなのだと実感する。例えば自分の家の中は綺麗でも外にはゴミを投げっぱなしで
荒らし放題、という状態は、周囲で暮らす人達にしてみればマナーを知らない存在、目障りだ、
追い払いたい、という気持ちになるかもしれない。


こういった独特の習慣に、ロマ族の「インド起源」説からカースト制と絡めた説明があったのが
私にはとても興味深かった。カーストがその役割分担を詳細に定めているのと同様に、ロマ族にとって
外のゴミを片付けるのはあくまで他者の役割で、自分で片付けることは「汚れ」として認識される。
その文化的な縛りがあまりに強いために現代社会の「一般常識」に沿って行動することができないのであって、
彼らが単にだらしないとか他人の迷惑を考えないというのとは違う次元の問題なのだという。
この辺りの認識を改めるのは、しかしなかなか容易ではないだろう。


後半はユダヤ人との比較、特にナチスによるポライモス(ホロコースト)の実態について言及される。
ロマ族もナチスによってユダヤ人同様に収容・虐殺を受けていたのだが、戦後ユダヤ人が補償を求めて団結し、
大きく国際社会にアピールしたのに対し、ロマ族虐殺の実態は最近ようやく明らかになってきたばかりだ。

ユダヤ人は、記憶という記念碑を作り出すことで迫害と分散に対抗してきた。ジプシーは――― 
その日を生き延びるために、彼らの運命論とスピリット、あるいはウィットを混ぜ合わせた独特なものによって、
忘れる技術を作り上げてきた。(p.365-366)


原書発表時(1995年)当時ロマ族が置かれていた状況を知るのに最適の、読み応えのある一冊だった。
読みながら私自身にロマ族に関する一般的な知識が乏しいことを痛切に感じたので、追々類書にあたって
補完していきたいと思う。



Zoli

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翻訳が待ち遠しいです




ジプシー 歴史・社会・文化 (平凡社新書)

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「ジプシー」と呼ばれた人々―東ヨーロッパ・ロマ民族の過去と現在

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  • 作者: 加賀美雅弘,ペーターヨルダン,ミロスラフポルツァー,ミリァムポルツァー‐スリエンツ,カーロイコチシュ,金子マーティン,ペーターモイスブルガー,ヴァレリアホイベルガー,滝口幸子,Mirjam Polzer‐Srienz,K´aroly Kocsis,Peter Meusburger,Peter Jordan,Valeria Heuberger,Miroslav Polzer
  • 出版社/メーカー: 学文社
  • 発売日: 2005/01
  • メディア: 単行本
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「ジプシー収容所」の記憶―ロマ民族とホロコースト

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↑今後の課題図書。