「聖母の贈り物」(ウィリアム・トレヴァー)


うちのPCは「歳暮の贈り物」というナイスな変換を叩き出してくれました…。


聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)

聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)



トレヴァーとは映画「フールズ・オブ・フォーチュン」からだから、かれこれ15年くらい
細く長くのお付き合い、なのだった。地味で渋くて救いのない作風だから幾ら評価が高くても
日本では売れないよなーと諦めていた。それがここへ来て国書刊行会なんて素敵なところから
出していただけるとは…長生きはするもんです(と思ってたら新潮クレストブックスからも
どうやら今年中に新刊が出るらしい。どうしたの一体?)


アイルランド出身、しかもこの題名から宗教色の強い内容を想像しがちだが、トレヴァー自身は
カトリックではなくプロテスタントなので、そう単純に事は運ばない。帯に書かれている

普通の人々の人生におとずれる特別な一瞬、
運命にあらがえない人々を照らす光


という宣伝文句はミスディレクションを誘っている気がするが、奇跡とか恩寵とかエピファニーといった
宗教的恍惚感とはほとんど無縁である(あ、表題作はちょっと入ってるかな…)。
むしろ

ミセス・モールビーの見るところでは、罰やごほうびを分配しているのは愛に満ちた万能の神様ではなくて、
結局最後まで生き残る人間の良心であった。(「こわれた家庭」p47)


といった醒めた視点が作品全体を支配しているように思われる。救いがない、と私が感じるのは多分この辺に
拠るのだろう。神に救いは求められず、人間はしばしば残酷な行動を選択するのだ。


全12編の中で一番印象的だったのは「マティルダイングランド」。戦争は人間を冷酷にする、という
事実を的確に著した作品。思わずゾクッときました。




アイルランド短篇選 (岩波文庫)

アイルランド短篇選 (岩波文庫)


アイルランドの優れた作家達の短篇を集め、一読すれば歴史や文化的背景もおぼろげに掴めてくる優れもの。
トレヴァーの作品でラストを締めております。