「遺失物管理所」(ジークフリート・レンツ)


遺失物管理所 (新潮クレスト・ブックス)

遺失物管理所 (新潮クレスト・ブックス)


ちょうどこの本が日本で出た頃、たまたまタクシー会社の遺失物管理所に行く用事が出来て、早速「Fundbuero」という単語を使わせてもらったという思い出がある。いや有難い有難い。
(しかし中身は読んでなかったので、引取時に手数料を払うとは思っていなかった…うう)


2年前に出た同じ作者の「アルネの遺品 新潮クレスト・ブックス」と比べると、こちらはぬくぬくとした気持ちに包まれる作品。
ある鉄道駅の遺失物管理所に勤めることになった青年ヘンリーを通じて、拾われてきた物たちや何かを無くしてしまった人々の秘めた物語が垣間見える。他人には他愛もない、けれど当人にとってはかけがえのない思い出の数々が、ひっそりと語られていく。


全体的のトーンは暖かく、読んでいて微笑ましい気持ちにさせられるが、失業問題や人種差別といった現実的な問題をさりげなく滑り込ませているところにベテラン作家の手際良さを感じた。特にヘンリーが電車に置き忘れた鞄を届けることで親交を結ぶことになる数学者・フェードルとの交流は胸に残る。


主人公のヘンリーは子供っぽい好奇心満載の青年で、それがちょっとイライラさせることもあるけれど、こういう人でないと全くの他人から物語を引き出してくるのは難しいのかもしれない。
ヘンリーがあれこれちょっかいを出す人妻パウラとの駆け引きは、一種の恋愛ゲームのような軽さがあって、ドイツ文学というよりフランス映画(ドロドロ系じゃなくて小洒落てる方の)みたいである意味新鮮だった。作者77歳にしてこの小粋さ、見習いたい…。