「これから話す物語」(セース・ノーテボーム)


古本にて購入(このカバーデザイン、懐かしい…):


これから話す物語 (新潮・現代世界の文学)

これから話す物語 (新潮・現代世界の文学)

「(略)重要なのは不死そのものではないんだ」
「だったら何です?」
「私たちが不死について考えられるということ。だからこそ、私たちは少しちがったものになれる」
「それを信じていなくてもですか?」
「そうだ。けど、私はこの手の議論はあまり得意じゃないんだよ」(p.134-135)

一言で表せば「走馬灯のような小説」といえるだろうか。
といっても人生を丸ごと振り返るのではなく、日常の断片的な思考から次第に深層心理へと降りていく、
その間に垣間見えるごく平凡な男の生き方。


短いながらもとても大きな広がりを秘めた不思議な小説。
「世の中というのは際限のない相互参照(クロスリファレンス)」(p.144)と文中にあるように、
ギリシャ神話や古典の引用(語り手はギリシャラテン語教師という設定)が物語の背景を一段と
奥深いものにしている。
読む側の教養も必要なわけだが(汗)、でもそういうゴタクを抜きにしても充分楽しめる作品だと思う。


著者の名はドイツではよく聞かれるのだが、日本では翻訳はこの一冊のみ、しかも英訳からの重訳
(原書はオランダ語)という現状。別に訳自体に不満があるわけではないけど、ちょっと寂しい状況ではある。
まあ重訳でも何でもいいから、もっと他の作品も読みたいと思わせる小説だった。