「A Home at the End of the World(この世の果ての家)」


A Home at the End of the World

A Home at the End of the World

糸井重里じゃないよコリン・ファレルだよ。



同じ原作者の映画「めぐりあう時間たち [DVD]」があれだけヒットしたのに、こっちの映画は日本では未だ公開予定の目途も立っていないらしい…(サントラだけ発売中)。なんで?そんなに出来が悪いの?とちょっとビクビクしながらDVDを観賞し始めた。


尊敬する兄を不幸な事故で亡くしてから崩壊寸前の家庭で野生児のように生きてきたボビーと、両親の不和を感じ取りながら何も出来ず、更に自分がゲイであることに悩むジョナサン。親友となった二人だが、お互いを大切に思うがゆえに結局は傷つけあいもする。
一時は別々の道を歩んだ二人だが、クレアという風変わりな女性と共にNYで奇妙な共同生活を営むことになり…。


小説でも映画でも70−80年代のアメリカの風俗が効果的に取り込まれているのだが、個人的に70年代のファッション(長髪とか)は苦手で、更には少年時代を演じる子役の二人がちーっとも魅力的じゃない(ジョナサンなんて宅八郎みたいだし、ボビーも後のコリン・ファレルに繋げるためかやたら眉が太い!)ので、話そのものとは別の次元でうんざり…。
ボビー役がコリン・ファレルに移ってからも、長髪時代は本当に見苦しくて「ああー早く髪を切れ!そんな髪でパン焼くな!」とイライラし通しだった。
やっぱり映画の場合、ビジュアルな要素って大切だな。


ボビーが髪を切ってからは、ジョナサン(大人になってからはとても良い)とクレアとの脆く切ないユートピアのような共同生活が「ああーずっとこれが続いてくれれば良いのにね…」としみじみ思わせてくれる雰囲気があった。
長編小説の映画化の常で相当「はしょられ感」はあったけれど、あのつかの間の幸福感を共有できただけでも良かったかな、と思う。


コリン・ファレルは一見やんちゃ坊主でも非常に繊細な演技が出来る役者だと再確認できたし、ロビン・ライト・ペンはクレアという難しい役柄を見事に演じていた。もう一人の主要人物であるジョナサンの母・アリス役は、うーんシシー・スペイセクは確かに上手いんだけど、個人的にはもっと危うい感じの女優さん、例えばキム・ベイシンガーなんかで観たかった気がする。先日観た「ドア・イン・ザ・フロア」とちょっと重なるんだよね。


もちろん原作の方がずっと良いけど、映画だってそんなに悪くないよね、というのが原作ファンとしての感想。DVDスルーでもいいから日本でも観られるようになれば良いのだけど。



この世の果ての家 (角川文庫)

この世の果ての家 (角川文庫)

でもやっぱり原作を読みましょう。




「crisscross:ゲイ・フィクションの変遷 −アメリカンファミリーとの関係をめぐって」 (評論家・大場正明氏のサイト)
http://c-cross.cside2.com/html/b00ke001.htm