”The Electric Michelangelo”(Sarah Hall)


The Electric Michelangelo

The Electric Michelangelo

舞台は20世紀初頭、英国田舎の保養地で安宿業を営む母親に育てられたシリルは、持ち前の器用さを買われて腕利きの刺青師、エリオット・ライリーに弟子入りする。師匠の死後アメリカに渡ったシリルはElectric Michelangeloと名乗って店を開く。畸形者の集まるコニーアイランドで彼が出会った人々とは…。


刺青の小説、というとまず頭に思い浮かべてしまうのは谷崎潤一郎の短編「刺青」だが、この傑作にして怪作を基準にした場合、他のどの話も見劣りしてしまうのは致し方ない。その意味で不幸な作品だが、冒頭から執拗に絡みつくグロテスクなイメージの乱舞は決して悪くはない。


問題は主人公が平凡というか魅力に乏しくて、この手の職人に読者が求める「技に対する狂おしいまでの情熱と愛着」があまり感じられないことだ。例えばS・ミルハウザーの作品だったら人生を棒に振ってもその道を極めるまで没頭する様が緻密かつ繊細に描かれるだろうに、そういう部分は割とあっさりしていてなんだか物足りない。
アメリカに渡ってから周囲のフリークス度は上がってくるものの、本人は粛々とドジャースのロゴなどを彫ってたりして、「ミケランジェロ」の呼び名がちょっと気恥ずかしい。


それともある少年の成長物語として読むべきなのだろうか。気丈な母親、気のおけない悪友、破滅型の師匠といった脇役はいずれもこの手の物語には欠かせない存在で、そう考えると成長ものの王道を行っている感じもする。しかしこの主人公、オクテというか成長が遅いというか、ヒロイン(一応)が出てくるのがようやく話の4分の3を過ぎた頃で、そのあと老年期に入る辺りまで話がだらだら続いてしまうのでどうにも締まらない。十代でそのくらいのこと(?)は済ませておいていただきたい。


、と厳しいことを書いてしまったが、題材そのものはユニークなのでそこそこ楽しめる。BBCでドラマ化とかしてくれたら観たいかも。


刺青・秘密 (新潮文庫)

刺青・秘密 (新潮文庫)

あらためて谷崎って変態…いや巨匠だと痛感しました。平伏。