「旅の時間」(吉田健一)


今年は没後30年ということで、ポツポツと文庫など出て有難い。
とはいえ、"健坊"の本はすぐに「入手不可」になるから見かけたら即買わないと!


旅の時間 (講談社文芸文庫)

旅の時間 (講談社文芸文庫)

講談社文芸文庫はちゃんと旧刊も再版するように!)




吉田健一の小説と出会ってから、かれこれ10年ほど経つ。
「日本にもこんなヘンテコな(=魅力的な)話を書く人がいたんだ!」と驚いた。


とにかくほとんど何も事件が起こらない。
大抵の場合、主人公が歩いていて良さげなバーにふらっと立ち寄ってゆったりお酒を楽しんでいると、傍で同じように飲んでいる人から声を掛けられてなんとなく一緒に飲んで語らって、時にはそこから場所を変えてご飯を食べたり飲みなおしたりする。
それだけ。


え、本当にそれだけ?はあ。
まあ、たまに一緒に飲んでいる人が実は「人」じゃないのかなーみたいな雰囲気になったり、ちょっとスパイごっこみたいなお茶目なことを考えてみたりもするけれど、だからといってそこから話が大きく展開するわけでもない。相手が人外だって酒の相手に良ければそれで良し。
「ヤマなし、オチなし、意味なし」という本来の意味において、きわめて正当なやおい小説と言える、かもしれない。


いや、意味はあるのか…それも過剰なほどに。
しかしそれも通常私たちが求めている「意味」とは全く違う次元のところで響いてくるものだと言える。


そんな盛り上がらない話、面白いの?と問われそうだが、これがツボにはまるともう気持ちいいのなんのって。
美味しい酒を前に親しい友とじっくり一夜を過ごす(宴会は駄目)喜びを知っていれば、この心地よさがきっと理解できるはず。
こんな酒なら、いつまででも飲んでいたい。


この連作短編集はそんな吉田健一の魅力が全開。旅先で読むのにも最適。
空いた時間に途切れ途切れに読んでも大丈夫、だって追うべき筋なんてないんだから(笑)。
ゆったりとうねうねした独特の文章に酔いしれましょう。



ユリイカ2006年10月号 特集=吉田健一 「常識」のダンディズム

ユリイカ2006年10月号 特集=吉田健一 「常識」のダンディズム

昨年出た特集号。当時は没後30年なんてことは知らなかったので、なんで突然?と不思議だった。
ネットで注文した後「あれひょっとして<吉田修一>特集だった?」とちょっと不安になったりして。
小山太一氏、南條竹則氏のエッセイがさりげなく良かった。